オーストラリアでアシスタントナースとして働く【体験記】

ワーキングホリデービザを利用して渡豪したマナさんのオーストラリア体験記最終話は、「オーストラリアはシドニーでアシスタントナースとして働く」です。

これまで、アシスタントナースの資格を修得して、セカンドビザを取るためのファーム労働にも従事し、ローカルレストランで短期のアルバイトまでしたマナさんの4回にわたる体験記も今回が最後です。

最後のマナさんからのメッセージも含めて、これからワーキングホリデーに行く方々にとって参考になる貴重な情報源となることでしょう。

ワーキングホリデー2年目、夢のアシスタントナースへ!

オーストラリアの都市部で働くのに必要なのは『経験』です。

募集要項を見ても『◯年(または◯ヶ月)以上の同分野または同等分野での経験必須』というようなのが一般的で、経験が無ければ資格があってもフルタイムで働けるところは限られていると思います。

知り合いの伝手で未経験で仕事が見つかったという人にも出会ったことはありますが、一人でオーストラリアに来て、人脈を築き、仕事まで紹介してもらう程のコミュニティを作れる人は、シャイな日本人、人種差別のある国では中々容易ではないと思います。

アシスタントナース(以下AIN)に関してもそれは同様だったので、ひとまず看護師の派遣会社に登録することにしました。

オーストラリアでのAINの仕事内容

日本での看護師の日勤業務は、多少施設によって差はありますが、おおよそ8時半〜17時半だと思います。

オーストラリアは朝6時半〜14時、早いと朝6時〜という施設もあるため、当日朝5時頃に派遣会社から電話が来て、5分で家を飛び出してバスを捕まえて勤務地に行く、ということも珍しくありませんでした。とにかく生活が朝型でした。

そして、午後のシフトは15時〜21時など、1シフトの勤務時間が日本程長くないのです。夜勤の際は施設にもよりますが、21時にオムツ交換をしてから次にオムツを開けるのは朝の4時など、日本では考えられないくらい時間が空くのです。

AINの仕事はオムツ交換やシャワーなどの保清、記録、シーツ交換等のベッドメイク、病院ではデキスターでの血糖値測定やバイタルチェック、シャワー介助が主でした。

そして、自分の決められた仕事が終わっていなくても、患者や施設の居住者に『私はもう帰るから、次の勤務の人にシャワーはお願いして。』等と行って、時間ぴったりに帰ってしまうのです。

病院の規模や科にもよるとは思いますが、私のよく働いていた2箇所の整形外科病院では遅くても勤務終了時刻の1時間前には全ての業務が終わり、椅子に座ってナースコールを待ちつつ、次の勤務帯のスタッフを待っていました。

もちろん、休憩は30分間、ショートブレイクは10〜15分、きちんと全員に与えられていました。日本では当たり前の、勤務開始1時間前の出勤もありません。

日本の看護師としてのプライドと葛藤

AINとして働き始めた頃は、シャワー介助等の身体的疲労はありましたが、5分前出勤や、オンタイムの勤務終了が嬉しくて、気楽に働いていました。

日本では、患者の情報収集、患者状態の観察からアセスメント、看護ケアの提供方法、医師へのアプローチの検討、他部署との連携、後輩の育成や自身の看護研究などの付帯業務等、考えなければならないことは山ほどありましたが、AINには必要ありません。

患者に何か変化があれば、正看護婦(Registered Nurse、以下RN)へ報告して指示があればそれに従うのみです。バイタルサインの記録用紙にRNへ至急報告をしなければならない値が赤と黄色で色分けされているので、そこに該当したときに報告をすることが決められています。

日本では、新人看護師が『血圧が150/90mmHgで…』と先輩か看護師に報告すると、『この患者の平均はいつもどれくらいなの?』『この人にとってその値はどうなの?』『随伴症状は?』『だから看護師として何をしなければいけないの?』と、質問攻めにあってしまいますが、オーストラリアのAINにそんなことは求められていないと実際に働いてみて、私は感じました。極端な話、20歳の青年男子と90歳のおじいさんの血圧報告値は同じなのです。

日本で看護師をしていた時は、数個のことを常に同時に考えて働き、いかに効率よく動いて患者のニーズを満たしつつ、仕事を終わらせ、サービス残業を減らすかを日々考えていましたが、ここでは時間内に勤務が終わるのは当たり前、業務時間内でいかに自分たちが楽をできるかというようなことを考えている人の多さに驚きました。

勿論、全ての人がそうだったわけではありませんが、非常階段やリネン庫の中で静かにスマホをいじっている人、空きベッドで寝転がっている人など、日本では絶対に見ることのできなかった光景を何度か見かけました。

そういった周囲の仕事に対するモチベーションや、他スタッフ、患者や施設居住者からの心無い言葉を聞くうちに、自分の中で無力感や虚無感を抱くことが多くなり、言葉の壁もあったことから、日本でまた看護師をしたいという気持ちが強くなっていきました。

そして、現在、セカンドビザの残りが約3ヶ月となり、この先2度と無いであろう"海外に住む"ということを満喫したいと思っています。

日本を飛び出すとき、私は『オーストラリアで看護師になる‼』と職場の人達、元同僚、高校の同級生、家族、親戚に宣言しました。人生初の大きな買い物だった愛車を売り、職場の後輩からは翌年の教育係の延長も依頼されていたのを蹴ってまで、オーストラリアに来ました。

だからこそ、簡単に日本へ帰るとは言いたくなかったのですが、オーストラリアでは、私の持っている看護への想いや力は100%発揮できないと思い、帰ることに決めました。

私の体験記を読んでくれた方々へ

これからワーホリをする方や、検討中の方がもし、この記事を見ていたら、自分の気持ちに正直になって、一度切りの人生、やりたいことをやるべきだと私は思います。

この2年での出来事は、良いことも、悪いことも、日本では経験できないことだったと思います。

ただ、自分の身を守るのは自分です。例え留学会社が渡豪の手続きを代行してくれたとしても、現地での生活の保障までは、どんなに手厚い留学会社でもしてくれません。

良くも悪くも、泣くも笑うも、自分次第です。

そして、嫌だと思ったら、意地を張らずに日本に帰国すればいいのです。日本に帰ってみたら、行く前とはまた違った視点で日本を見ることが出来るかもしれません。

マナさん体験記一覧:
看護師がオーストラリアでアシスタントナースの資格をとるまで
QLD州バンダバーグとカブルチャーのファームジョブ
シドニーでの仕事探しとレストランでのローカルジョブ

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